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奈良地方裁判所葛城支部 平成11年(ワ)227号 判決

原告 A野花子

右訴訟代理人弁護士 藤本卓司

被告 B山松夫

右訴訟代理人弁護士 林伸夫

主文

一  被告は原告に対し、四〇三万五七九五円及びこれに対する平成五年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金額の支払いをせよ。

二  原告のその他の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、五分し、その一を被告の、その他を原告の各負担とする。

四  この判決は、主文一項に限り、仮に執行することができる。

事実

一  請求

二二五九万二〇七九円及び主文一項記載の日から支払済みまで年五分の割合による金額

二  主張(以下、本項の記載を「主張」という)

1  被告の認める原告主張の請求原因事実

(一)  交通事故(以下「本件事故」という)の発生

(1) 発生日時 平成五年三月一一日午前二時二五分ころ

(2) 発生場所 和歌山県橋本市胡麻生三六三番地の五

(3) 事故車両 被告運転の普通乗用車(奈××××××)

(4) 事故態様 被告が事故車両を運転中、居眠り運転をしたため、道路脇の電柱に衝突し、助手席に同乗していた原告が負傷。

(二)  責任原因

被告は、事故車両の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故により原告が被った人身損害を賠償すべき責任がある。

(三)  原告の受傷内容及び治療経過

(1) 傷病名 頭部外傷(Ⅱ型)、左顔面・左前額部挫滅創兼一部皮膚欠損創、頸部捻挫、両膝挫傷兼擦過創、上気道炎、頭部外傷症候群

(2) 治療期間 平成五年三月一一日から同九年一一月二七日まで(総日数一七二三日。入院二二日、通院実日数一〇五日)

(3) 治療状況

a 医療法人岡田整形外科(和歌山県橋本市市脇一丁目四五―二)

平成五年三月一一日から同月一七日まで及び同月二四日から二六日まで合計一〇日間入院

同年三月一八日から同月二三日まで及び同月二七日から同年四月一日まで通院(実日数九日)

b 中野歯科医院(奈良県五條市本町二丁目七番七号)

平成五年六月一八日から同月二九日まで通院(実日数三日)

c 梅本外科整形外科(橋本市隅田町河瀬三五二番地)

平成五年四月六日から同年八月一八日まで通院(実日数六五日)

d 奈良県立五條病院

平成五年七月二日から同年八月一八日まで及び同月三一日から平成九年一一月一七日まで通院(実日数二八日)

平成五年八月一九日から三〇日まで一二日間入院

(4) 後遺障害

左顔面の外貌醜状(特に左眼瞼部の線状痕)

(四)  原告の損害(被告の認める分) 計一四二万六二五八円

(1) 治療関係費 七九万六二五八円

a 治療費 七〇万一一二八円

b 入院雑費 二万八六〇〇円

一日当たり一三〇〇円の二二日分

c 通院交通費 六万六五三〇円

(2) 休業損害 六三万円

2  被告の否認する、あるいは争う原告主張の請求原因事実(損害等)

(一)  付添看護料 一三万二〇〇〇円

(1) 原告は、1項(三)の(3)aの合計一〇日間の入院期間中、独歩不可能を理由に付添看護を要し、現に原告の祖母が付添看護した。

(2) さらに、1項(三)の(3)dの一二日間の入院期間中も、同人が付添看護した。

(3) 付添看護料としては、一日当たり六〇〇〇円が妥当であって、以上合計二二日間の付添期間における総額は一三万二〇〇〇円となる。

(二)  逸失利益 一九四五万八〇〇二円

(1) 原告の本件事故による後遺障害は、外貌醜状痕である。外貌醜状それ自体は、肉体的な労働能力に影響を与えるものではない。そのため、逸失利益を否定する判例もあり、外貌醜状について逸失利益が認められるのはモデルなどの外貌が収入の有無に直結する特別な職業に就いている場合に限られるとの見解もある。

しかし、特別な技能を持たない女性の場合、外貌醜状が就職や対人折衝面などにおいて不利益になることは容易に推測できるのであり、右の見解は皮相なものといわざるを得ない。

(2) 特に、原告は、本来外向的な性格で、昭和五八年四月に高校を中退した後は、主に露天業を営み、忙しいときには月額五〇万円程度を得ていた。その後、露天業に加え、アルバイトで週三回ほどスナックホステスの仕事もし、時給一〇〇〇円ほどを得たなど、接客業が得意で、原告の父も、本件事故前は、娘である原告には学歴も技能もないので、飲食店でも自営でやらせるのが一番向いていると考えていた。

(3) 原告は、二〇歳になったころから数年間、C川竹夫と内縁関係となり、平成二年一一月一六日に男児を産んだが、そのころは、家事・育児のため接客業はできず、スーパーでパートとして働いていた。その後、C川と別れ、本件事故の半年ほど前から被告と結婚を意識して交際していたが、本件事故後の補償交渉がこじれたことも一因となって被告と別れた。

(4) 本件事故後、原告は、化粧品を顔に塗ると傷口にかゆみや痛みが走るし、左眼瞼部の線状痕を無理に化粧で隠そうとしても化粧の色合いがおかしくなるため、結局、原告は化粧をせず、前髪を前に垂らして傷を隠している。

(5) およそ、女性が人前に出るとき、化粧をせずに素顔をさらすことはない。それは、専業主婦や事務職等外部の人間と接する機会の比較的少ない女性においても同様である。まして、原告が本来得意とする露天業やスナックホステスといった接客業に化粧ができなくなった女性が従事することは、事実上不可能といってよい。

(6) 実際にも、原告は、本件事故後交際するようになった男性との間に女児を儲け、平成一〇年三月二〇日に入籍したものの、その後右男性が覚せい剤常用者で原告に暴力を振るうことが判明し、挙げ句には、覚せい剤取締法違反罪で服役したため、離婚のやむなきに至り、その後、幼い子どもを抱えていたこともあって、生活保護で生計を維持しつつも、できるだけ早く就職したいという希望を持って仕事を捜したが見つからなかった。そこで、相談した市役所の職員に勧められてヘルパーの研修を受け、ヘルパー二級の資格を得て、派遣のヘルパーとして老人介護の仕事をする計画であるが、これとて常勤ではなく、あくまで派遣されて現実に働いた時間に対して時給一三五〇円が支払われるにとどまり、現時点で収入の見通しは立っていない。かかる事態は、本件事故による後遺障害たる原告の顔面の傷が原因になっているというほかない。

(7) したがって、原告の場合、損害として逸失利益が認められてしかるべきである。その金額は、症状固定日である平成九年一一月一七日の時点で原告が三〇歳であることから、平成九年賃金センサス女子労働者の学歴計三〇歳から三四歳までの平均年収金三七七万三六〇〇円を基礎として、労働能力喪失割合を二五パーセント、労働能力喪失期間を六七歳までの三七年間(新ホフマン係数二〇・六二五四)とすると、原告の逸失利益は次の計算式のとおり一九四五万八〇〇二円となる。

(計算式・3,773,600×0.25×20.6254=19,458,002)

(三)  慰謝料 一二〇〇万円

(1) 入通院慰謝料 三〇〇万円

(2) 後遺障害慰謝料 九〇〇万円

本件事故により、原告は顔面醜状痕の後遺障害が生じ、その程度は七級一二号と認定されている。なお、女性の場合、同じ七級であっても、顔面醜状痕の後遺障害によって受ける精神的打撃は、他の種類の後遺障害と比較して大きいと思われる。

以上に加え、原告の醜状痕の位置が瞼の近くで比較的目立つ位置にあることからすれば、後遺障害慰謝料の額としては九〇〇万円が相当である。

(四)  弁護士費用 二〇〇万円

3  本件請求

不法行為による損害賠償請求権に基づき、1項(四)、2項(一)ないし(四)記載の各金額合計金三五〇一万六二六〇円から、5項の争いのない損益相殺額一二四二万四一八一円を控除した二二五九万二〇七九円及び不法行為の日たる本件事故日である平成五年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金額請求

4  原告の争う被告主張の抗弁事実

(一)  消滅時効

(1) 原告は、顔面醜状痕について、平成九年一一月一七日に「後遺障害診断書」を作成してもらい、自賠責保険に被害者請求を行い、七級一二号の認定を受けたが、原告は、県立五條病院で平成六年一一月一一日を最後に治療を受けておらず、遅くともそのころには、症状固定の状態にあった。

(2) したがって、本件訴えは、症状固定日より三年以上が経過してから提起されたものである。

(3) 被告は、平成一一年八月二三日の本件第一回口頭弁論期日において陳述擬制された準備書面(第一回)により、原告に対し、後遺障害による損害請求について時効を援用する旨の意思表示をした(当裁判所に顕著)。

(二)  過失相殺

(1) 好意同乗

原告は、被告が出張帰りの過労状態で、深夜に及んで飲酒した上自動車を運転するのであるから、居眠運転しても不思議でないことを知り得たし、本件事故当時被告と結婚を前提とした交際をしていたのであるから、被告に運転を差し控えるようアドバイスできる立場にもあった。

そうすると、原告は、本件事故の発生につき、その損害全てを被告に帰責する適格はない。

(2) シートベルトの不装着

原告の醜状痕の原因となった受傷は、シートベルトを装着していなかったことが大きく影響している。

(原告は、本件事故当時シートベルトを着用していなかったことを認める)

(3) まとめ

以上は、いずれも等閑視することのできない事情であり、本件事故の主因は被告の運転にあるとしても、原告において、その発生を抑止することが容易であったのであるから、その損害全体について、四割程度の減額をしても、やむを得ないと考える。

(三)  搭乗者傷害保険金の支払(慰謝料についての考慮事由)

原告は、被告において保険料を負担していた搭乗者傷害保険に基づき、次の保険金を受領したので、原告の慰謝料の算定にあたって斟酌すべきである。

(1) 後遺障害分 四二〇万円

(2) 傷害分 一一九万円

(3) 合計 五三九万円

(原告は、右搭乗者傷害保険金を受領したことを認める)

5  当事者間に争いのない抗弁事実(損益相殺)

原告は、本件事故に関し、次のとおり合計一二四二万四一八一円の損害の填補を受けた。

(一)  自賠責保険から 一一一八万四五一四円

(二)  任意保険会社から内払いとして 七〇万八二一四円

(三)  健康保険から治療費として 五三万一四五三円

6  4項(一)の被告主張の抗弁に対する原告主張

(一)  原告は、五條病院で治療中、何とか顔面の醜状痕(特に左瞼付近の醜状痕)を消したいと考え、担当医に相談したところ、皮膚の移植手術をすればまぶたの傷は今よりは目立たなくなると言われ、平成六年一一月に手術を受ける予定が組まれた。しかしながら、原告は、貧困のため手術費用を捻出することができず、右手術費用に当てるべく、被告の契約している保険会社である東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上」という)の担当社員に搭乗者傷害保険の支払いを求めたところ、損害額が確定した段階で支払うので、今すぐには支払いに応じられないと言われ、とりあえず右予定した手術を断念した。これに加えて、原告が信頼を寄せていた担当医が、その後五條病院を離れたことから、同病院にも足が向かず、時間が経過した。

(二)  その他、知人に相談して、美容整形手術を受けることも考えたが、何回も皮膚の移植手術を受けなければならず、かつ、自由診療となることから、多額の費用がかかることがわかり、これも断念した。

(三)  しかし、女性として当然のことながら、原告は、費用の工面がつきさえすれば、将来是非とも皮膚の移植手術を受けたいと希望していた。しかるに、配偶者が服役することになったりして、原告の経済状況は好転せず、また、妊娠出産があったりして、平成九年になって、東京海上の担当社員から「この件は、時間も経過しているので早く解決したい。ついては、ひとまず手術は断念していただき、お金で解決したい」との申入れがなされた。

(四)  原告は、貧困のため、手術できるめどが立たなかったことから、やむなくこの申入れを受けることとし、手術を受けることを断念して、東京海上の社員の指示にしたがって被害者請求の手続をすることとなり、平成九年一一月一七日、五條病院皮膚整形外科の岡崎正医師の後遺障害診断を受けた。

(五)  ところで、民法七二四条の損害及び加害者を知るというのは、現実かつ具体的にこれらの事実について認識することを意味するものとされ、被害者が、たとえ過失によって知らなかった場合でも、知らない以上は権利行使する可能性がないから、時効は進行しないと解されている。そして、傷害による後遺障害の場合、その時効の起算点は通常、症状固定の時期と解されている。もとより、症状固定か否かの診断は、診療にあたっている医師のみがなし得るから、現実には、後遺障害診断書記載の症状固定日が消滅時効の起算点となる。

(六)  本件の場合、平成九年一一月一七日以前に原告の診療にあたった五條病院の担当医師からは、症状固定の診断がなされたことは一度もないどころか、逆に、皮膚の移植手術で治癒の可能性を示唆されて、原告もこれを信じ、おおよそではあるが、手術の予定も組まれた。

このように、経済状態さえ許せば手術を受けようと言う状況は、原告が東京海上の担当社員の申入れを受け容れて、前記岡崎医師の診察を受け、後遺障害診断書を書いてもらうまで継続した。

したがって、右診断書が作成される平成九年一一月一七日以前に原告が症状固定であることを知り、かつ本件の後遺障害による損害を知ることは不可能であり、そうである以上、不法行為の消滅時効の起算点は、平成九年一一月一七日となるので、消滅時効は完成していない。

理由

一  主張2項(弁護士費用を除く)について

1  同(一)(付添看護料) 五万円

《証拠省略》によると、主張2項(一)の(1)の事実は認められるが、同項(一)の(2)の事実は認め難い。

そうすると、付添看護料としては、一日五〇〇〇円、一〇日分の限度で認容できる。

2  同(二)(逸失利益) 七八四万八七一三円

(一)  《証拠省略》によると、主張2項(二)の(2)ないし(4)、(6)の事実が認められ、同(5)の事実が顕著である。

(二)  被告は、平成一二年七月一七日付け準備書面(第三回)の二項において、原告は、外貌を主たる要素として仕事が確立していたわけでもないし、客観的に外貌醜状痕の後遺障害によって仕事に支障が生じたわけでもなく、単に原告がその内心で就労に躊躇したに過ぎないから、逸失利益は認められない旨主張する。

しかしながら、原告の顔面醜状痕は、人の顔の中で最も注目を集める部位である眼部の一方である左側のまぶたの、右側のまぶたには存在しない位置に二本、深いしわが不自然に刻まれているもので、一見して目立つものであるから、原告と対面した者に対し、まず奇異の感を抱かせる可能性が高い。

そして、対面する者によっては、さらに、その生成原因について、先天性のものか、あるいは病気ないし事故によるものかなど、あれこれの思いを生じさせ、それらについて原告に問いたいと考える者もあるだろうし、実際、それについて問おうとする者もあれば、その思いを実行に移すことに躊躇を感じる者もあり、また、中には原告を気の毒に思って避けようとする者も生じることが予想されるなど、原告と対面する者に、さまざまな思いや対応を強いる結果となることは、見易い道理である。

ちなみに、当職は、満五歳のときにあった交通事故により、唇の右上に裂傷を負い、三針縫合した痕が残っているが、結婚の際、配偶者の両親が、右傷痕が先天性のものであって、配偶者との間に産まれる子どもにも同様の障害が生じるのではないかとの不安を持った旨聞かされ、その見当違いの思いや知識のなさに唖然としたが、およそ世間とはそういうものであろう。

(三)  そうすると、原告は、本件事故による後遺障害の結果、原告が一般人とは異なる目立った存在であるとの印象を与えることの不都合な職種、たとえば、客に対し、商品への意識ないし興味を集中させることの必要な商店の店員、飲食物や客同士の会話に意識や興味を集中させて楽しんでもらうことが望ましい飲食店店員や給仕係、係員に興味を抱かせることによって客に滞留されることの不都合なレジ係等、客に対して顔をさらすことの必要な多くの職種に就くについて、不利な容貌を有するに至ったと断ぜざるを得ない。そして、昨今の労働市場の状況にも鑑みると、原告が、今後右のような職種に就くことは、極めて困難といえよう。

しかるに、(一)で認定したとおり、原告がこれまでに多く経験し、比較的得手である職種は、正に右に記載したような接客を伴う職種であって、原告のこれまでの経歴等に鑑みると、客に顔をさらすことを要しないような職種に就き、かつ、右のような接客を伴う職種と同額又はそれ以上の収入を得られる可能性は小さいと判断できる。

(四)  してみると、原告は、本件事故による後遺障害により、具体的な損害を被ったことは明らかである。

もっとも、右の損害額については、身体の機能的な障害によって労働能力が一部喪失した場合と異なり、一般的に承認された算定方法が存しないので、民事訴訟法二四八条に基づき、次のとおり算定した。

すなわち、原告の症状固定日である平成九年一一月一七日時点で、原告は満三〇歳であるから、平成九年賃金センサス女子労働者の産業計・企業規模計・学歴計の三〇歳から三四歳までの平均年収三七八万〇八〇〇円の二割の金額の得べかりし利益を、満四五歳までの一五年間(新ライプニッツ係数一〇・三七九七)失ったものとして、次の計算式のとおり算定すると、七八四万八七一三円(一円未満切り捨て。以下同じ)となる。

(計算式・3,780,800×0.2×10.3797=7,848,713.952)

なお、原告がその本人尋問中で述べた前記醜状痕の手術による回復可能性は、被告から何らの主張もないので、存しないものと判断する。

3  同(三)(慰謝料) 計一〇五〇万円

(一)  入通院慰謝料 一五〇万円

入院期間を二二日、通院期間を平成六年一一月までの二〇か月として算定。

(二)  後遺障害慰謝料 九〇〇万円

後遺障害の等級七級として算定。

なお、主張4項(三)は、搭乗者傷害保険金が、被告による不法行為責任の履行のために支払われるものではないと解されることから、失当である。

二  損害額合計 一九八二万四九七一円

主張1項(四)(一四二万六二五八円)及び一項1ないし3の金額の合計。

三  主張4項(一)、6項(消滅時効)について

《証拠省略》によれば、主張6項(一)ないし(四)の事実が認められる。

ところで、不法行為に基づく損害賠償請求債権の消滅時効期間は、被害者において損害の発生を知ったときから進行する。そして、「被害者が後遺障害に関する損害を知る」とは、被害者において、受傷に伴う症状がそれ以上良くなるための治療方法がないことを知ることと解すべきである。具体的には、被害者が、医師から医学的に症状固定の状態になった事実を知らされたとき、あるいは自らそう認識したときであって、遅くとも後遺障害診断書の発行されたときであり、その時点から消滅時効期間が進行するというべきである。

ところが、本件全証拠に照らしても、原告において、平成九年一一月二七日に後遺障害診断書の発行を受けるまでに、医師から原告の症状が固定したとの説明を受けたこと、あるいは原告自らそう認識した事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告の後遺障害による損害についての消滅時効期間は、平成九年一一月二七日から進行を始めたもので、本件訴え提起時(記録上平成一一年七月七日であることが明らか)において、消滅時効が完成していたとは認められない。

四  主張4項(二)(過失相殺)について

《証拠省略》によると、主張4項(二)の(1)の事実並びに本件事故当時、事故車両の運転をしていた被告もシートベルトを装着していなかったこと及び原告のシートベルト不装着が、原告の後遺障害の原因となった傷害の発生に寄与したことが認められる。

そうすると、本件事故による原告の損害を算定するにあたっては、右の各事情(本来原告にシートベルトの装着をさせるべき被告においてシートベルトを装着していなかったことを含む)を考慮して、その二割を減額するのが相当である。そこで、二項の金額に右割合の減額を施すと、一五八五万九九七六円となる。

五  損益相殺

主張5項により争いがない損益相殺(一二四二万四一八一円)をほどこすと、三四三万五七九五円となる。

六  弁護士費用及び結論

原告が、被告による本件不法行為による損害賠償の請求をするため、原告代理人弁護士に委任して本件訴えを提起することを余儀なくされたことは、当裁判所に顕著であるから、被告は原告に対し、右委任に要した費用を支払うべきである。

右委任に要する費用は、五項の金額を基礎に弁護士会の報酬に関する規定を参考とし、なお、遅延損害金を不当に利得しないように六〇万円と算定する。

そうすると、本件請求は、五項の金額に、右弁護士費用を合計した四〇三万五七九五円及びこれに対する不法行為の日(本件事故日)から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の限度で理由がある。

(裁判官 森脇淳一)

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